く前に、お礼参りを兼ねて、今日は観音様へ参詣して、御籤《おみくじ》までいただいて来たのですが、もう一つお角の腹では、今度の一世一代が大当りの記念として、浅草の観音様へ、何か一つ納め物をしようとの考えがあって、額にしようか、或いはまた魚河岸の向うを張った大提灯でも納めようか、そうでなければ、屋の棟に届くほどの金《かね》の草鞋《わらじ》を、仁王様の前へ吊《つる》してみようかのと、お堂を廻《めぐ》りながら、そういう趣向に頭を凝《こ》らしに来たのです。
お角の頭は、まだその趣向で、あれかこれかと悩まされ、往来の事なんぞは頓着なしに歩いて行くと、ある店の前でお梅がぴたりとたちどまって、
「まあ、いいわね」
詠嘆の声を洩《も》らしましたので、お角もそれにつれて足を止めました。
見れば、お梅は羽子板屋の前に立っている。
まだ歳の市という時節でもないのに、この店では、もう盛んに羽子板を陳列している。江戸ッ子のうちでも途方もなく気の早いせいでしょう。それで、この十月までの各座の狂言のおもな似顔が、みんなここへ寄せ集められている。さてこそ、お梅は立去れないので、
「まあ、いいわね」
を譫言《うわご
前へ
次へ
全352ページ中50ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング