は起きたけれども、やがて荷物を枕に、身をかがめて横になってしまいました。多分、昨夜の夜もすがらの煩悶《はんもん》が、心をものうくしたものでしょう。この男は大抵の場合には、夜具蒲団《やぐふとん》を用いないで寝られる習慣を持っている。時として、せっかくの夜具蒲団をはねのけて、横になったところを寝床とするの習慣を持っている。
 今もまた、こうして畳の上へゴロリと横になっていると、夜来の疲れが多少廻って来たものと見えて、いつかうとうとと夢路に迷い入りました。
 その時の夢に、米友は故郷の間《あい》の山《やま》を見ました。自分の身が久々《ひさびさ》で故郷の宇治山田から間の山を廻《めぐ》っているのを認めました。
 久しぶりで、もう帰れないはずと思っていた故郷の土を踏んでみても、その土が温かではありません。相も変らず間の山は賑《にぎ》やかですけれども、その賑やかさが、少しも自分の身に応《こた》えて来ないのを不思議と思いました。周囲は花やかなのに、空気が冷たく自分の身に触れるのを、米友はじれてみました。
 故郷の地ではあるのに――こうも冷たい空気が流れて、通るほどの人が、みんなつれない色を見せる。さす
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