が残っているから、いつかまたこの世へ生れて来るんだ、しっかりしろ」
 道庵先生は事実そう信じているのだか、米友があまりの生一本の鬱《ふさ》ぎ方を慰めるつもりの気休めだか知らないが、とにかく、こういう霊魂不滅説を説いて聞かせたことがあります。
 米友は、今もそれを、まともに思い出しているのです。こういう男の常として、一を信ずれば、十まで信ぜずにはおられません。
 それとは知らず道庵先生は、宵《よい》からグッスリと寝込んでしまって、翌朝、例刻には眼を醒《さま》したけれども、昨日《きのう》の疲れもあるし、第一、水をかけられた着物からして、乾かさねばならないから、モウ一日一晩、軽井沢に逗留《とうりゅう》することになりました。
 ところが、朝飯が済むと、もうノコノコと問屋場へ出かけて来て、裸松《はだかまつ》の診察にとりかかりましたものですから、宿《しゅく》の者が、いよいよ気の知れない先生だと思いました。
 それにも拘らず、先生は、裸松の病床でしきりに診察を試みながら、居合わす宿役人らをつかまえて気焔を上げているのは、宿酔い未だ醒めざるの証拠であります。
 一方、宿に残された宇治山田の米友は、一旦
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