「お安くねえぞ、御両人……」
その声を聞くと米友が真赤になって、地団駄を踏みました。
それ以来、あらゆる年頃の女がお君に見えてたまらない。幼ければ幼い時の面影に、年ばえは年ばえのように、婆は婆のように、宇治山田の米友には、夢寐《むび》にもその面影を忘るることができないでいたのに、ここへ来て、初めて正真のお玉を見ることができた。名さえそのままではないか……これがお玉でなくて誰だ。
米友は口が利《き》けないほどに感動したけれど、それがほんとうにお君に似ているか、いないかは問題です。
可憐なる米友は、その晩一晩中、このお玉の姿に憧《あこが》れてしまいました。給仕に来たのもこの女、床を延べに来たのもこの女。
「お玉さん……お前はな……」
と言ったきり、米友には口が利けませんでした。
「ホ、ホ、ホ、御用があったら、いつでもお呼び下さいな、この向うの突当りの部屋に休んでいますから。夜中でもかまいませんよ」
と女はあいそうよくいいましたが、不幸にして米友には、それ以上に挨拶をすることができませんでした。
そこで、その夜もすがら、米友が煩悶《はんもん》を続けました。
道中の旅籠屋《はたご
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