報告がありました。
「それ行って見ろ!」
「お坊っちゃんが、お湯にはいっている」
お坊っちゃんとは蓋《けだ》し、宇治山田の米友のことでしょう。薄暮にその姿を見ただけのものは、誰も子供だと思わぬものはない。その主人を黄門格にまで祭り上げた以上は、その従者をも相当の格に扱わなければならない。さりとてお侍ではなし、兄さんと呼ぶのは狎《な》れ過ぎる。本名は聞いていず、やむを得ず、米友を呼ぶにお坊っちゃんの名を以てしたのは、一時の苦しがりでありましょう。
そうして、同勢が、目白押しに湯殿の方へ押しかけて、窓や羽目の隙間にたかって、先を争って、この小勇者の姿を見直しにかかりました。
「違わあ、子供じゃねえ……」
まず覗《のぞ》いて見たほどのものが、風呂桶に浸《つか》っている米友の顔を、風呂行燈《ふろあんどん》の光で眺めて、案外の叫びをなしました。
子供でもなければ、お坊っちゃんでもない、まさに老人である。いや老人かと思えば子供である。何とも名状すべからざる奇怪なる顔貌。まるい目をクルクルとさせて、
「覗いちゃいけねえよ」
その声を聞いて、
「あ……」
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