して、裸松を睨《にら》みつけていましたが、ブンブン振り廻して来る丸太の鋭鋒が当り難しと見たのか、じりじり後ろへさがるものですから、見ているものが気を揉《も》み出すと、ウンと踏みとどまった米友が、歯切れのいい調子で、
「やい、裸虫、ものになっちゃあいねえぞ」
と嘲笑《あざわら》うのを聞きました。
 この場合、米友にとっての幸いは、弥次と見物とに論なく、すべてが米友の同情者であって、裸松が不人気をひとりで背負いきっていることでありました。
 同業者の馬方や駕籠舁《かごかき》でさえが、裸松に味方する者の一人も出て来なかったことは勿怪《もっけ》の幸いでした。まかり間違えば、以前、甲州街道の鶴川で、多数の雲介《くもすけ》を相手にしたその二の舞が、ここではじまるべきところを、敵に加勢というものが更に出て来ないから、米友としては自由自在にあしらいきれるので、それでこの男には似気《にげ》なく後ろへさがりながら、「やい、裸虫、ものになっちゃあいねえぞ」
と嘲笑ったものでしょう。
 米友の眼から見れば、法も、格も心得ていない奴が、力任せに、血迷って、無茶苦茶に丸太ん棒を振り廻して来るだけのものだから、打ち
前へ 次へ
全352ページ中33ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング