に過ぎない、不意を襲われたために、この小童《こわっぱ》にしてやられたのだ、用心してかかりさえすれば、なんの一捻《ひとひね》りという気が先に立つのだから、負けていよいよ血迷うばかりで、彼我《ひが》を見定めるの余裕があろうはずがありません。でも、この小童の手に持つ得物《えもの》の、思いもつけぬ俊敏さに業《ごう》が煮えたと見えて、三度目に起き直った時、路傍に有合わせた松丸太を握っていたのは、多分この丸太で、小童ともろともに、そのめまぐるしい得物を、微塵にカッ飛ばしてやろうとの了簡方《りょうけんかた》と見えます。
 この時、両側の店々では、戸を細目にあけたり、二階の上に立ったりして、街道中《かいどうなか》の騒動に眼をすましました。眼をすまして見ると、相手は相も変らず裸松だが、一人はホンの子供です。夕暮の町で遠くから見れば、米友の姿は、誰にも子供のようにしか見えないのだから、知らないこととはいいながら、気の強い子供もあればあったものと、舌を巻かないものはありません。
 裸松が、その松丸太をブン廻してもり返した時に、米友は、また少しばかり後ろへさがって、その杖槍を正式に構えて、円い眼をクルクルと廻
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