落そうとも、突き飛ばそうとも、どうとも思うままに料理ができるはず。それを知らないから、見物は気を揉み出したものと見える。
しかし、見物に気を揉ませたのも、そう長い間のことではない。暫くすると、丸太は地上へ飛んで走り、大の男は三たび、地響きを打って地上へ倒れたまま、凄《すさま》じい唸り声を出して、起き上ることができません。
「先生!」
そこで米友が道庵を呼びかけますと、道庵は泰然自若として、前に自分が重し[#「重し」に傍点]にかけられた切石の上に腰をかけ、片手には、最初に問題を引起した提灯をひろい上げて、采配《さいはい》を振るように振りまわし、
「友様、御苦労……」
と叫びました。
問題も、事件も、それで、すっかり解決がついたのです。道庵は凱旋将軍の態度で、意気揚々として宿屋の方へ引上げると、みんなが迎えに出て、早くも二人を取囲みました。
その有様は、土地の疫病神《やくびょうがみ》を退治してくれた勇者をもてなすの人気ですから、二人も安心です。
事件はこれで、一通り形《かた》がつきましたが、この事件から起った風聞というものは、全軽井沢の町を圧し、早くも善光寺平から、坂本の宿外《し
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