軽井沢の町を、怒髪竹の皮の笠を突いて馳《は》せて行くと、
「友様……米友様……」
と助けを呼ぶの声。意外にも程遠からぬ路傍で起りました。
 見れば雲つくばかりの無頼漢。遠目で見てさえも、加賀様の御同勢とは見えません。

         五

「お、おいらの先生を、ど、どうしようというんだ?」
 米友はまず振別《ふりわけ》の荷物を地上へ投げ出しました。
 荷物を地上へ置くのと、その手にした杖槍を取り直したのと、どちらが早かったかわかりません。
 その独流の杖槍――穂のすげてない――は電光の如く、裸松のいずれの部分を突いたかわからないが、大の男の裸松が、物凄《ものすご》い声を出して後ろへひっくり返りました。
「先生、怪我はなかったか?」
 米友は早くも、道庵の背中の上の切石をはね飛ばして、それを介抱をしようとすると、道庵が桔槹《はねつるべ》のように飛び上りました。
「占《し》めた! もう占めたもんだ」
 飛び上って二三度体操をしましたから、それで米友も安心しました。
 それはそれで安心したが、安心のならないのは、ちょうどその時分、いったん後ろへひっくり返った裸松が、怖るべき勢いで起き直っ
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