無論、たれひとり出て来ようとするものもない。
 時に重し[#「重し」に傍点]をかけられた道庵が、有らん限りの声を出して叫びました、
「べらぼう様……おれを亀の子にしやがったな、よくも道庵に重し[#「重し」に傍点]をかけて亀の子にしやがったな、手も出さず、頭も出さず、尾も出さず、身を縮めたる亀は万年……と歌にあるのを、それではいけねえから手も出しつ、頭も出しつ、尾も出しつ、身を伸ばしたる亀は万年……とよみ直した奴がある、おれをどうしようというんだ、伸ばしたらいいのか、縮んだらいいのか……ア痛、ア痛……」
 道庵は有らん限りの声でこういいながら、有らん限りの力ではねおきようとしたが、この時の力では、十四五貫の重し[#「重し」に傍点]をはね返す力がありません。
「ア、痛ッ」
 刎起《はねお》きようとすると、いよいよメリ込むばかりです。
「ア、痛ッ、骨が砕ける……重てえ、卸《おろ》せ、卸せ」
と苦しがって叫びました。
「ザマあ見やがれ」
 裸松は鉢巻をしめ直しながら、道庵の上へ載せた重し[#「重し」に傍点]の石へ片足を載せました。この足に力を入れれば道庵がギュウとつぶれる。
「米友……友様あ…
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