《なぶ》り殺しになってしまう。
 江戸では飛ぶ鳥を飛ばした道庵ともあるべき身が、みすみす北国街道のはずれで、馬子風情の手にかかって一命を落すとは、なんぼう哀れなことではないか。
 いいかげん玩弄《おもちゃ》にして、もうヘトヘトになった道庵を、裸松は手近な井戸流しのところへ引きずって来ましたが、それでも、殺すまでの気はないと見えて、そこで道庵の頭から水を一つザブリと浴びせると、そこへ引き倒して、あり合わせた切石を取って、左様、目方が十四五貫もあろうというのを軽々と持って来て、俯伏《うつぶ》しに寝かした道庵の背中の上へ重し[#「重し」に傍点]にかけました。
 ここで気息奄々《きそくえんえん》たる道庵は動きが取れない。石の重し[#「重し」に傍点]をかけられて、首と両手と両足をもがくばかり。張子の虎のような、六蔵の亀のような形を、裸松はおかしがり、
「ザマあ見やがれ。おかげで暇つぶしをさせられた、さあ、今の三ぴん共、遠くは行くめえ……」
 そうしておいて帯をしめ直し、鉢巻を巻き直して、逃げた侍のあとを追いかけようとする。
 軽井沢の町では、鳴りをしずめて事のなりゆきを気遣《きづか》っているが、
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