にしんねり[#「しんねり」に傍点]強かったために、裸松は思うように駆けることができず、とうとう三人の侍の姿を見失ってしまいましたから、裸松の怒りは一つになって、道庵の上に集まったのはぜひがありません。
「この筍《たけのこ》……いらざるところへ出しゃばりやがって……」
 哀れや道庵は、ここで五人力の犠牲にならなければならない。両刀を帯した三人づれの侍すらが避けて逃ぐるほどの相手を、いかに道庵でも、匙《さじ》一本であしらわなければならないのは、心がらとはいえ、ばかばかしい話で。だから最初によせばいいのにといったのに、病では仕方がない。
 そこで、ようやく道庵を振り飛ばした裸松は、二度ひょろひょろとして、三間ばかりケシ飛んで尻餅をついた恰好《かっこう》の珍妙なのと、口ほどにもない脆《もろ》さかげんとに吹き出してしまって、
「ザマあ見やがれ」
 ところが、懲《こ》りも性《しょう》もない道庵は、また起き上って、ひょろひょろと裸松に組みついて来たのを、今度は前袋へも寄せつけず突き倒し、襟髪《えりがみ》を取って無茶苦茶に振り廻しました。
 かかる時節に、宇治山田の米友が来ないというのが間違っている。
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