づな》をそこへ抛《ほう》り出した一人の馬子、相撲取と見まがうばかりの体格のやつが、諸肌《もろはだ》ぬぎに、向う鉢巻で、髭《ひげ》だらけの中から悪口をほとばしらせ、
「待ちやがれ――この三ぴん」
追いかけて、つかまえたのは、さいぜん道庵先生が嘲笑《あざわら》った三人連れのお差控え候補者の中の、いちばん年かさな侍の刀の鐺《こじり》です。
「すわ」
と、北国街道がドヨめきました。
「何、何事だ」
刀の鐺をつかまえられた侍はもちろん、三人ともに眼に角を立てて立ちどまりますと、くだんの悪体《あくてい》な馬子が、怒りを向う鉢巻の心頭より発して食ってかかり、
「見ねえ、あ、あれを、どうしてくれるんだい、やい、あの提灯をよう」
「ははあ、あれは貴様のか、急いだ故につい粗忽《そそう》を致した、許せ」
年かさな侍が陳謝して過ぎ去ろうとしたのは、たしかに自分が、右の馬子とすれちがいざまに、あの提灯に触って振り落したという覚えがあるから、聞捨てならぬ悪口ではあるが、軽く詫《わ》びて通ったのが勝ちと思ったからです。
「何、何をいってやがるんだ、あれは貴様のか、急いだためついしたそそうだと……よく目をあいて
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