ぬ道庵、まだ洗足《すすぎ》の方はお留守で、往来をながめると、急ぎ足な三人連れの侍、東へ向って通るのを見て、
「はてな……時分が時分だから、大抵はこの宿《しゅく》で納まるのに、あの侍たちは、まだ東へ延《の》す了簡《りょうけん》と見える、イヤに急ぎ足で、慌《あわ》てているが、ははあ、これもお差控《さしひか》え連《れん》だな……」
と嘲笑《あざわら》いました。
 お大名の道中のお供《とも》の侍にはかなりの道楽者がある。道中、渋皮のむけた飯盛がいると、ついその翌朝寝過ごして、殿様はとうにお立ちになってしまったと聞いて、大慌てに慌てて、あとを追いかけるけれども、三日も追いつけぬことのあるのは珍しくない。その時は別におとがめも受けないが、国表《くにおもて》へつくと早速「差控え」を食うことになっている。図々しいのになると、差控えの五犯も六犯も重ねて平気な奴がある。
 今し、泊るべき時分にも泊らず、行手を急ぐ三人連れの侍は、多分、そのお差控え連に相違あるまいと、それを見かけて道庵が嘲笑いました。
 人のことを、嘲笑う暇に、自分の足でも洗ったらよかろうに、宿でも呆《あき》れているのをいいことに、道庵は、
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