た連中。
聞くところによると、一方の侍は女を連れて従者一人。また一方のはくっきょうの武者四人ということ。つまり、四人と一人の争いで斬合いが始まって、その結果は四人のうちの二人まで斬られて、他の二人がそれをここへ担《かつ》ぎ込んで、手荒い療治を加えたということ。
聞いてみると、仏頂寺と、丸山が、物語ったところとは少しく違う。それほど重傷を負うた二人の者はどこにいる。それも疑問にはなるが、兵馬の尋ねたいのは別の人。
「それでなにかね、その相手の一人というのは、盲《めくら》の武家であったという話だが、それも本当か」
「それは嘘でございましょう、ねえ、あなた様、なんぼなんでも盲の方が、四人の敵を相手にして勝てる道理はございませんからね」
「いかさま、左様に思われるが。して、その者の年の頃、人相は……」
「それがあなた、よくわかりませんのでございますよ、諏訪の方からおいでになった大抵のお客様はひとまず、これへお休み下さるのが定例《じょうれい》でございますのに、そのお客様ばかりはここを素通りなさいましたものですから、つい、お見それ申しました」
「なるほど……それで供の者は?」
「御本人はお馬に召しておいでになりましたが、若いお娘さんが一人、お駕籠《かご》で、それからお附添らしい御実体《ごじってい》なお方は徒歩《かち》でございました」
「なるほど」
輪廓[#「輪廓」はママ]だけで内容の要領は得ないが、盲《めくら》だとは信じていないらしい。そういう説もあるにはあったようだが、そんなことは信ぜられない、といった口ぶり。
さもあろう。だが、最初は、自分たちが立会って、その果し合いを篤《とく》と見定めたような話しぶり。おいおい進むと、その人相年齢すらも確《しか》とは判然しない。それと違って、畳針と、焼酎と、麻の糸とで縫い上げた療治ぶりは、手に取るように細かい。これは仏頂寺、丸山からは聞かなかったところ。
ともかく、想像すれば、ここを行くこと僅かにしていのじ[#「いのじ」に傍点]ヶ原がある。そこの真中で四人の剛の者が、一人の弱々しい者を取囲んで、血の雨を降らしたという光景は、眼前に浮んで来る。そうして、四人のうち、二人は瀕死の重傷を負うてここへ担ぎ込まれたことは疑うべくもない。
してみれば、これからその途中、誰か一人ぐらいはその斬合いを見届けた者があるだろう。尋ねてみよう。
そこで、兵馬が、茶代をおいて立ち上る途端に、アッと面《かお》の色を変えたのは茶屋の番頭で、それは、今しも峠を上りきって、この店頭《みせさき》へ現われたのが、見覚えのある仏頂寺弥助と、丸山勇仙の二人であったからです。
五条源治の番頭が青くなったのも無理はありません。こういうお客は、二度と店へ来ない方がよいのです。あの時は、亡者が立去ったほどに喜び、塩を撒《ま》いてその退却を禁呪《まじな》ったのに、またしても舞戻って来られたかと思うと、物凄《ものすご》いばかりであります。
「おい番頭、この間はいかいお世話になってしまったな」
「どう仕《つかまつ》りまして……」
幸いに、今日は何も担ぎ込んでは来なかったが、これからどうなるかわからない、これから先が危ないのだ――番頭はこの客が早く出て行ってくれればいいと思いました。出て行ってしまったら、そのあとで戸を閉めてしまおうかと思いました。
「宇津木君、先刻は、君に飛んだところを見せてしまって面目がない」
抜からぬ面《かお》の仏頂寺に対して、宇津木兵馬が、
「一足お先へ出かけました」
「さあ、いのじ[#「いのじ」に傍点]ヶ原へ行こう」
番頭を安心させたのは、仏頂寺、丸山が店へ腰を下ろさないで、先来の客を促して、前途へ向けて出発を急ぐからであります。全く、こういうお客は、一刻も早く立去ってもらいさえすればよい。
三人が打連れて、いのじ[#「いのじ」に傍点]ヶ原方面へ立去ったので、番頭の面に初めて生ける色が現われました。
兵馬を中に挟《さしはさ》んで、峠の道をやや下りになる仏頂寺と丸山。
兵馬は、ここで奇態な人間だと、少々|煙《けむ》に巻かれました。
さいぜんの醜態は感心しないが、あの醜態を少なくとも忽《たちま》ちの間に脱却して、相当に旅装を整えて、一気に、ここまで駈けつけて来た転換の早さは、相当に感心しないわけにはゆかない。あの体《てい》では終日|耽溺《たんでき》から救わるる術《すべ》はあるまいと見えたのに。
「は、は、は、は」
仏頂寺は声高く笑い、こんなことは朝飯前だといわぬばかりに、
「修行盛りの若い時分には……」
吉原に流連《いつづけ》していても、朝の寒稽古にはおくれたためしがない。遊女屋の温かい蒲団《ふとん》から、道場の凍った板の間へ、未練会釈もなく身を投げ出す融通自在を自慢|面《がお》で話す。
その時、
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