いた二三人が崩れ落ちて、
「お化けだ……」
といいました。
その時、風呂桶から全身を現わして流しに立った米友。身の丈は四尺、風呂桶の高さといくらも違わない。
「やっぱり子供だよ」
「いい身体《からだ》だなあ」
とドヨみ渡って感心したものがありました。その鉄片をたたきつけたような隆々《りゅうりゅう》たる筋肉、名工の刻んだ神将の姿をそのまま。その引締った肉体を見たものは、面貌の醜と、身長の短とを、忘れてしまいました。
米友が風呂桶から流しへ出て、板へ腰をかけて洗いはじめた時に、さいぜん道庵先生を、桝形《ますがた》の茶屋から迎えてこの宿へ連れ込んだ、あだっぽい女が湯殿へ入って来て、
「お客様、お流し申しましょう」
と言って、かいがいしく裳《すそ》をからげて、米友の後ろへ廻りました。
「済まねえな」
米友はぜひなく、その女に背中を流してもらっていると、外の弥次《やじ》が、
「お玉さん、しっかりみがいて上げてくんな」
と弥次りました。
「お黙りなさい」
その女が叱ると、
「いよう――」
と妙な声を出し、
「可愛い坊っちゃんを、大事にして上げてくんな」
「うるさい、あっちへ行っておいで……」
「お玉さん、思い入れて磨いておあげ……そうして坊っちゃん、今晩はお玉さんの懐ろに入ってゆっくりお休み」
「あっちへ行っておいでってば――」
「やけます……」
「いよう! 御両人……」
外が、無暗に騒々しいから、米友がムッとしました。
「お客様、お気にかけなさいますな、みんないい人なんですけれど、口だけが悪いんですから」
「ばかな奴等だなあ……何が面白くって、外で騒いでやがるんだ」
米友が面《かお》を上げて窓の上を睨《にら》むと、そこにはいくつかの首が鈴なりになっている。
「兄さん――お前は子供なのかい、それともお爺《とっ》さんなのかい?」
その鈴なりの顔の一つが叫ぶと、続いて他の一つが、
「裏から見れば子供で、表から見ればお爺《とっ》さんだから、これが本当の爺《とっ》ちゃん小僧というんだろう」
「ばかにしてやがらあ……」
といって米友が横を向くと、
「だけれど、強いなあ、お前さんは強い人だなあ――なり[#「なり」に傍点]は小さいけれど、身体《からだ》が締ってらあ――」
と讃美の声を上げるものもありました。米友は、もう横を向いたきりで取合わないでいると、女がいきなり立って行って
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