《がませんにん》を描いた床の間に柱を背負って坐り込み、こんなことをいいました、
「なあに、吾々が手を下すまでもなく、見る人の眼が肥えていさえすれば、にせものが百人出ようとも、あえて問題にするまでもなく自滅あるのみだが、如何《いかん》せん、あんなのを人気にするほど盲目《めくら》千人の世だから、少しは眼を醒《さ》まさせてやる必要がある――いけないのは、あの者共の周囲について、煽《おだ》てたり、提灯《ちょうちん》を持ったりする奴等で、菓子折の一つも貰えばいい気になって、お太鼓を叩くのだから、役者共もつけ上る。正直な見物も、ちっとの間は迷わされる――よい批評家というものがあって、公平に、親切に、厳格に、事を分けて、役者を叱り、素人《しろうと》を導いてやればいいのだが、今はその批評家というのが無く、ただ無いだけならいいが、その批評家というやつがグルになって、碌《ろく》でもないものをかつぐのだから、そこで吾々の腕力が必要になる。罪は人形使いと、批評家にあるのだ……芝居に限ったことはあるまい」

         二十八

 宇津木兵馬に愛想づかしを言って分れたお銀様は、その晩、ふらふらと甲府の宿を立ち出でました。どこへ、どう行こうという当てがあって出かけたとも思われません。ただ、どうも、じっとしてはいられないので、そぞろ歩きをしてみる気になったのでしょう。
 甲府の町の天地は、今やその昔のように殺気のあるものではありません。頭巾《ずきん》を冠《かぶ》ったお嬢様が一人歩きをしようとも、宵《よい》のうちは怪しむものもありませんでしたが、人通りの稀れな所へ行くと、
「あのお嬢様はどこへ行くつもりだろう――いくらなんでもこの淋しい竜王道を……追剥《おいはぎ》でも出たらどうなさる、去年のように辻斬が流行《はや》らないで仕合せ、それでも雲助の悪いのや、無宿者の通り易《やす》いこの道を、怖いとも思わず女一人で……」
 後ろ影を見送って心配する者もありましたが、それも目には入らないで、お銀様は、ただもうふらふらと歩いているだけのようです。それでもややあって、
「おや?」
とわれに返った時は、月があるのか無いのか知らないが、天地がぼかしたように薄明るく、行く手の山を見ると、それは見覚えのある地蔵、鳳凰《ほうおう》、白根の山つづき。
 ああ、いつか知ら、甲府の町は離れてしまった。それでも、われを忘
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