これこそ求めても得られない絶好な画題だ、と白雲が意気込みました。
 この白熱の興味が、ついに白雲をして五日の間に「妖童般若《ようどうはんにゃ》」の大額を完成させてしまいました。その作たる、われながら見とれるほどの出来と見ましたけれど、白雲はそれに愛惜《あいじゃく》するの暇《いとま》を与えずに、早くもここを出立するの用意を整えてしまい、
「茂坊、さあ、今日は房州へ立つんだぞ」
「え、房州へですか、おじさん、今日?」
「そうだよ」
「房州というのは、あのおじさん、鋸山《のこぎりやま》のある日本寺の、お嬢さんのいる房州なの?」
「そうだとも」
「あたいを、その房州へ連れて行ってくれるの、今日!」
「うむ」
「じゃ、あたい、久しぶりで、あのお嬢さんに会えるんだ」
「会わしてやるとも」
「ほんとに夢のようね、おじさん、もしかして清澄のお寺へ入れちまうんじゃない?」
「そんなことがあるものか、さあ行こう」
「ああ、うれしい」
 少年は欣然《きんぜん》として勇み立ちました。
 この出立はむしろ出奔《しゅっぽん》に近い。白雲ほどのものがどうしてこうも慌《あわただ》しいのか、と怪しまれるほどに大急ぎで、絵が成ると共に装いを整え、その場で置手紙を一本書き――その手紙には、二枚の西洋画を特別に大切に保存しておくように書き残しただけで、自分の作のことは書かず。
 最初は茂太郎の手を引いて外へ出たが、少し歩くともどかしそうに茂太郎を取って、自分の背中に背負《しょ》い込んでさっさと歩み去りました。
 江戸橋の岸、木更津船《きさらづぶね》の船つきの場所に茂太郎を十文字に背負って、空を眺めて立つ白雲。
 澄み渡った秋の空に、白い雲が悠々《ゆうゆう》と遊んでいるのを眺めた時は、一味の旅愁というようなものが骨にまでしみいるのを感じました。
 ほんとうに自分こそ白雲そのもののような生涯。
 それでも旅から旅へうつる瞬間には、どうしてもこの哀愁を逃《のが》れることができない。哀愁に伴うて起る愛惜《あいじゃく》の念が、流転《るてん》きわまりなき人生に糸目をつける。
 妻子を顧みないのは、妻子に対して自分の愛惜があり過ぎるからだと白雲は、その時にいつもそう思います。
 愛惜があってはいけない。妻子眷族《さいしけんぞく》にも愛惜があってはいけない。自己の作物にも愛惜があってはいけない。愛惜の一念ほど自由放浪の精
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