御免なさい、もうしませんから」
「そうじゃない、お前のいま踊った姿を、ぜひもう一度見たいんだ、それを絵に取って置きたいと思うんだよ、叱るんじゃない、頼むんだよ」
「じゃ、やってみましょうか」
「やってごらん」
そこで茂太郎は、再び面を冠って、両手に鈴と御幣とを持ち、裲襠《うちかけ》を長く引いて、座敷いっぱいに踊りはじめました。これを座敷へ上った白雲は、立ちながら目もはなさずに眺め入りました。
この踊りは、一種不思議な踊りであります。仕舞のようなところもあり、かんなぎ[#「かんなぎ」に傍点]のような所作《しょさ》もあり、そうかと思えば神楽拍子《かぐらびょうし》のように崩れてしまうところもあって、なんとも名状のできない踊りだが、それでも、その変化の間に一つのリズムというものがあって、陶然として酔わしむるものがある。
無論、この不思議な児童の、即興の、出鱈目《でたらめ》の踊り方には違いないが、その出鱈目のうちにリズムがあるから、白雲はかえってそれを、本格の踊りよりも面白いと思いました。
そうしているうちに、白雲が膝を打って、
「これだ」
と言いました――白雲もまた、最初からこの般若《はんにゃ》の面が凡作ではないと見ていたのですが、この時になってはた[#「はた」に傍点]と思い当りました。
これこそ与えられた絶好な画題だ。その不思議な踊り全体のリズムが、人を妙に陶酔の境へ持って行くのみならず、仔細に見ると無心な子供が、大人の長い着物を引きずっているところにまた無限の趣味がある。そうして、鈴と、御幣《ごへい》とを、無雑作《むぞうさ》に小さな両の手で振り翳《かざ》したところに、なんともいえないたくまざるの妙味がある。
もしそれ、その冠《かぶ》った般若の面に至っては、白雲が日頃から問題にしていた名作で、銘こそないがその作物の非凡なる、どこからどうしてこの少年が手に入れたのか。そうして朝から晩まで、食事の時でも膝をはなさないで大切《だいじ》がっているのが訝《おか》しいほどである。白雲は、いつか、その面を取ってつくづくと、作と年代等を研究してみようと思っていたそれでありました。いま見ると、その名作の面影《おもかげ》がつくづくと人に迫るものがある。
体のすべてが無我無心に出来ているのに、面そのものだけが、呪《のろ》いと、憎悪《ぞうお》とを集めた、稀代の名作になっている。
前へ
次へ
全176ページ中126ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング