、これらの豪傑に譲らないのみならず、それよりも一層むずかしい仕事になるのは、彼等のは、火をつけて騒がせさえすればよいのだが、七兵衛のは、手に入れて拝まなければならない。
さて、こうして七兵衛が、三田の四国町の薩摩屋敷の、芝浜へ向いた方の通用門の附近を通りかかった時分、中ではこんな評定《ひょうじょう》をしていたが、塀外《へいそと》の道の両側には夥《おびただ》しい人出。
今しも、通用門から異種異形《いしゅいぎょう》の一大行列が繰出されて来るのを、黒山のような両側の人だかりが見物している。
よって七兵衛も、その中に立って、これを眺める。
何のために、誰がしたいたずら[#「いたずら」に傍点]か、今しも薩摩屋敷の中から繰出して来る一大行列は、乞食《こじき》の行列であります。ありとあらゆる種類の乞食が、無数に列を成して通用門から外へとハミ出して来る。その事の体《てい》を見てあれば、不具者《かたわもの》も、五体満足なのも取交ぜて、老若男女の乞食という乞食が、おのおのその盛装を凝らし、菰《こも》を着るべきものは別仕立のきたないのを着、襤褸《つづれ》の満艦飾を施し、今日を限りの哀れっぽい声を振りしぼって、
「右や左のお旦那様……たよりない、哀れな者をお恵み下さいまし」
門内から吐き出されるこの乞食の行列は、いつまで経っても、尽くるということを知らないらしい。或いは、いったん外へ出て、また一方の門から繰込んでは出直すのかとさえ疑われるが、事実は、やはり出るだけの正味が、門内に貯えられてあることに相違なく、人をして、よくまあ江戸中にこれだけの乞食があるものだと思わせました。
なお且つ、これら、多数の乞食連のうちには、単に盛装を凝らして、商売ものの哀れっぽい声で、「右や左のお旦那様……たよりない者をお助け下さいまし」を繰返すだけの無芸大食ばかりではなく、なかには凝った意匠で、破《や》れ三味線をペコペコやりながら、
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雨の夜に、日本近く、とぼけて流れ込む浦川へ、黒船に、乗りこむ八百人、大づつ小づつをうちならべ、羅紗《らしゃ》しょうじょう緋《ひ》のつっぽ襦袢《じゅばん》……
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大津絵もどきを唸《うな》るのがあるかと思えば、木魚をポクポクやり出して、
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そもそもこの度《たび》
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