の大望《たいもう》がありました。
その翌日、七兵衛は神尾主膳に向って、自分は盗人《ぬすっと》だということを、大胆に打明けてしまいました。
主膳も、それを聞いて存外驚かず、大方そんなことだろうという面付《かおつき》。
盗人ではあるが、自分は質《たち》の悪い盗人ではないと言いだすと、主膳が、世間に質の良い盗人というものがあるのか、と変な面をしました。
ありますとも……盗人の社会へ入って見れば、質《たち》のいいのも悪いのも、気取ったのも気取らないのも、渋味《じみ》なのも華美《はで》なのも、大きいのも小さいのも、千差万別の種類があるうち、自分は質の良い方の盗人だというと、神尾が笑って、自分で質が良いというのだから、間違いはなかろうと冷かす。
そこで、七兵衛がいうには、自分の盗人ぶりの質《たち》の良いというのは、盗んで人を泣かすような金は盗まず、盗んだ金を自分の道楽三昧《どうらくざんまい》には使わず……ことに自分は盗みをするそのことに趣味を感じているのだから、盗んだあとの金銀財宝そのものには、あまり執着を感じていない。
たとえば、ここにこうして古金銀から、今時の贋金《にせがね》まで一通り盗み並べてみたが、これもホンの見本調べをやってみただけのもので、もうそれだけの知識を備えたから、綺麗《きれい》さっぱりとあなたに差上げてしまっても惜しいとは思わない――つまり、盗むことの興味が自分の生命で、盗み出した財物は、楽しみをした滓《かす》だから何の惜気もない――といって神尾主膳を煙《けむ》に捲きました。
しかし、また七兵衛は真顔になって、自分とても、ほかに何か相当の天分と、仕事をもって生れて来たのだろう、幼少の教育がよくて、己《おの》れの天分を順当に発達さえさせてくれたら、あながち盗人《ぬすっと》にならずとも、他に出世の道があったに相違ないという述懐を漏らします。
「そりゃそうだ、盗人をするだけの才能と、苦心を、他に利用すれば立派なものになる」
と神尾もまじめに同情しました。
しかし、今となっては仕方がない。自分はこうして盗むことに唯一の趣味を感じていると、盗み難いものほど、盗んでみたいという気になる。
そこで、一つの大望がある。なんとこの大望を聞いては下さるまいか。
何だい、その大望というのは。石川五右衛門がしたように、太閤の寝首でもかこうというのかい。
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