さま》の威勢と、その御政治向きのたのもしさがわかるじゃございませんか」
「なるほどね」
「天下をお取りになるには、智仁勇ばかりではいけませんよ、やっぱりお金が無けりゃあね。またよくしたもので、天下をお取りになるような方には自然、お金の運も向いて来るものですからね。権現様はお金持でした……その権現様をお金持にして上げたのは、甲州武田のお能役者で大蔵《おおくら》というのが、これが目ききで、伊豆の北山や、佐渡の金山を開いて上げたのも、あの大蔵というお能役者の働きでございましたよ。この慶長小判の質《たち》のいいのも、つまりその時の手柄で、権現様の御治世には、諸国に金銀の山がたくさんに出来、牛車や馬につけ並べた金銀の御運上がひっきりなしにつづいたそうで、昔の人の話では、佐渡ヶ島は金銀で築立《つきた》てた山で、この金銀を一箱に十二貫目ずつ詰めて、百箱を五十駄積みの船に積み載せ、毎年五艘十艘ずつ、風のいい日和《ひより》を見計らって、佐渡ヶ島から越後の港へ積みよせ、それから江戸へ持ち運ぶ御威勢は大したものだっていいました」
「わたしは、そんな山は、いらないから、お金の実《な》る木がただ一本だけ欲しい」
「へ、へ、一本とは、あんまりお慾が小さ過ぎます、せめて十本も植木屋にいいつけて、おとりよせになってはいかがです……冗談はさて措《お》きまして、こういう質《たち》のいい金銀を、平常遣《ふだんづか》いに、惜気もなく使い捨てたその時代の人は豪勢なものでしたが……この通り、元禄の吹替えになりますていと」
七兵衛は慶長小判を、そっとかたわらへ置いて、改めて元禄小判といった一枚を手にしましたから、お絹もそれを上置きに直して比べて見ている。七兵衛は得意らしく、
「元禄になって、これをお吹替えになったのは、つまり、お上がお金の質《たち》を悪くして、そのかすり[#「かすり」に傍点]をお取りになろうという腹でした仕事なんですから、ごらんなさい……見たところでもわかりますが、品格がグッと落ち、光沢が落ち、この通り裂け目が出来ています。通用の途中で裂けたり、折れたり……慶長小判には摺《す》りきれてなくなるまで、そういうことはございません。ところで、悪くなりだすと際限がないもので、この元禄小判より、もう少し下等なのが出来てしまいました。ごらんなさい、これですよ。これを乾字金《けんじきん》といいましてね、金の
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