量を思いきり少なくして、銀と銅とをしこたま[#「しこたま」に傍点]ブチ込んだものですから、見てさえこの通り、情けない小判が出来上っちまいました」
といって七兵衛は、また別の一枚の小判を取って、前と同じように、高いところから土器《かわらけ》を投げるような手つきで、お絹の脇息の下まで送りますと、それを拾い上げて、やはり花札を持つように、三枚持ち並べたお絹。
「だんだん札が落ちてくるのね」
「お金というやつは、悪いやつが出て来ると、いいのが追ッ払われてしまうんですから、無理が通らば道理引っ込むといったようなわけです、時代が悪くなると、いい人間と、いい金銀が隠れて、碌《ろく》でもなしが蔓《はびこ》ります」
 七兵衛は得意になって、正徳《しょうとく》、享保《きょうほ》の改鋳金《かいちゅうきん》を初め、豆板、南鐐《なんりょう》、一分、二朱、判金《はんきん》等のあらゆる種類を取並べた上に、それぞれ偽金《にせきん》までも取揃えて、お絹を煙に巻いた上に、
「なんと、お絹様――金というものは腐るほどあっても、使わなけりゃなんにもなりません」
「それはそうですとも」
「そこでひとつお絹様、あなたのために、家を建てて差上げようと思います」
「結構ですね」
「家を建てるには、まず地所から求めてかからなければなりません。いかがです、恰好《かっこう》なところがありますか。ありませんければ、さし当りこの隣りの地面を買い潰《つぶ》すことに致しまして、左様、ともかく、六百坪、二反歩はなければ、庭も相当には取れません。それを一坪一両ならしと見て六百両……」
 七兵衛は、百両包と覚《おぼ》しいのを六つ、お絹の方へ向けて形よく並べました。
「そこで普請《ふしん》にかかりますが……それが坪三十両に見積って、建坪三十坪、まあザッと千両ですか」
 七兵衛は、また百両包と覚しいのを、前に並べた六百両の上に積み上げました。
「それから庭……これはさしあたって、三百両もかけておいて……」
 女も少なくとも二人は置かなければならない。それから男の雇人と、庭師といったようなもの、それに準じての家財雑具――それをいいかげんに七兵衛が胸算用《むなざんよう》をしては、次から次へと並べてみると、都合三千両ほどになりました。
「いかがです、この辺のところでお気には召しませんか――何しろ、大名や分限《ぶげん》の仕事と違いまして、わたし
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