みたが、戯中おのずから真あり、とでもいうのか、ただしは、冗談《じょうだん》が真剣になったのか、仏頂寺の構えたしら[#「しら」に傍点]の切り方の刻々に真に迫り行くのが怖ろしく、それと相対《あいたい》した兵馬の態度が、いよいよ真剣になりそうなのに恐怖を感じだしました。
よくあることで、酒の上の冗談から、果し合いになったり、申合いの勝負が、遺恨角力《いこんずもう》に変ずることもないではない。そこで、暢気《のんき》な丸山勇仙が、ほんとうに怖れを感じだしてきたのも無理はありません。
「兵馬、これは斬れまい」
仏頂寺が、またも冷然として言い放つと、
「何を!」
笠を投げ捨てた兵馬は、勢い込んで刀を抜き合せてしまいました。
それ見たことか――勝負心の魔力というものは、得てこうなるものだ。
兵馬は、ついに離れて、仏頂寺の青眼に対する相青眼の形を取って、ジリジリと、その足の裏の大地に食い込むのがわかる。
それを見た丸山勇仙が堪り兼ねて、
「おい、仏頂寺、止《よ》せよ、冗談は止せよ、第一、この俺が迷惑するではないか、宇津木、君も刀を引いた方がいいぜ」
最初は囃《はや》したり、けしかけたりしてみた勇仙は、双方の間に立って、途方に暮れながら騒ぎ出しました。
丸山勇仙が騒ぎ出したのみならず、遥《はる》か離れて休んでいた山の娘たちも、遠くこの光景を見て総立ちになりました。
「おい、仏頂寺、冗談は止せよ、宇津木、刀を引けよ」
丸山勇仙は、うろうろとして両者の間を飛びまわる。
しかも、仏頂寺は冷然として動かず、宇津木は全力を尽して向っている。
「止せったら、止し給え、つまらん芝居をするなよ」
さすがの勇仙が弱りきって、泣かぬばかりに飛び廻っているのを気の毒に思ったか、仏頂寺が、今までつぶっていた両眼を見開いて、
「これなら打ち込めるだろう」
「ちぇッ」
と兵馬は打ち込まないで、刀を引きました。
「おどかすなよ、ほんとうに」
丸山勇仙は、ホッと安心して胸を撫で下ろす。刀を鞘《さや》に納めた仏頂寺、
「眼のあるのと、無いのとは、これだけ違う」
同じく刀を納めて、額の汗を拭いて兵馬は、
「その通り……」
と言いました。
いったん、総立ちになって、遠くこの光景を眺めた山の娘たちも、そこで静まりました。
やがて三人は、また打連れて歩き出す。これより先、まもないところに、屋根に拳
前へ
次へ
全176ページ中68ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング