洞、かなりの大きなお寺でございます……そこに、一件のお喋りの盲法師が逗留していることを突留めましたものですから、もうこっちのものだと小躍《こおど》りをして、早速お寺を尋ねましてな、例の盲法師にも会いまして、それとなく探りを入れてみましたところが……」
 ここまで調子に乗って来た金助が、急に遠慮をはじめたものですから、お銀様が、
「知っています、その盲法師は、わたしもよく知っています。なんといいました」
「いやどうも、よく喋る坊さんで、まず自分の身の上の安房《あわ》の国、清澄山からはじめて、一代記を立てつづけに喋り出されたものですから、さすがの金助も面食《めんくら》いの、立てつづけに喋りまくられてしまいました。が、結局、要領のところは得たような得ないような……つまり、尋ねるお方は、つい二三日前に、この寺をお立ちになってしまいました」
「二三日前まで、そのお寺にいたのですか。そのお寺にいた人が、どこへ、誰に連れられて行きましたか」
「それがそれ……」
 金助の言葉が、さいぜんの得意にひきかえて、肝腎《かんじん》のところへ来て渋《しぶ》るので、お銀様も癇《かん》にこたえたと見え、
「金助さん、お前は、その坊さんを尋ねに行ったのではないのでしょう」
「いかさま……そこで結局その要領が申し上げにくいことになってしまったんで……エエと、二三日前まで、そのお寺に御逗留になっていたことは確かで、そこをお立ちになったことも確かなんでございますが、どうも、そのどこへ、誰に連れられて行きましたか、つまりその行方が……」
 いよいよしどろもどろなのは、この男のことだから、ワザと焦《じ》らすつもりかも知れない。お銀様は気色《けしき》ばんで、
「そこまで尋ね当てて、どうして、その先がわからないのです、役に立たない……」
「いいえ、どう致しまして」
 お銀様から威嚇《いかく》されて、金助はワザとらしい恐縮を見せ、
「それから先を、どう鎌をかけても、坊さんは、ハッキリと言ってくれませんから、あきらめて門前の爺さんをつかまえて、口うらを引いてみましたところが、その返事で、またまたこんがらがってしまいました。と申しますのは、その前後に、お寺を出て旅立ちをしたものが二人ありますんだそうで、一人はハッコツへ、一人はコブシへ参りましたとやら。さて、その二人のうちいずれが、あなた様の尋ねるお方だか、それから先が、どうしても茫漠《ぼうばく》として当りがつきませんでしたが、とにかく、これだけのことをお知らせ申しておいて、また出直しを致そうかとこう考えて、大急ぎで飛んで参ったんでございます」
「一人はハッコツへ、一人はコブシへ?」
「はい、そのコブシというのは、つまり甲斐と武蔵と信濃の三国にまたがる甲武信《こぶし》ヶ岳《たけ》の方面かと存じますが、一方のハッコツが、どうしても見当がつきませんでございます。万用絵図を調べてもハッコツというところはありませんそうで……」
 お銀様も、それに耳を傾けて胸をおさえました。事実、コブシは甲武信《こぶし》に通ずるが、ハッコツは何の意味かわからない。さてコブシの方面へ分け入ったという人と、ハッコツへ向け出立したという者と、いずれがいずれかわからない。
 ともかく、金助をしていうだけのことはいわせてしまったから、お銀様は空辞退《そらじたい》をする金助に金包を持たせ、最後に、あらかじめ、こんなことを尋ねたということを、お角にはだまっているように口どめをして、許してやりました。
 金助は、下へおりるとホッと息をつき、何の意味か舌を出して、こそこそと金包を胴巻へ蔵《しま》い込み、そのまま逃ぐるが如く銭湯へ駈け込んで行ったそのあとへ、お角が帰って来ました。
 お角の帰ったのが遅かったのです。廻り道をしなければ、こんなこともなかったでしょうが、一足遅く戻って見ると、金助は風呂へ飛び出したあとでしたけれど、すべての気配《けはい》でそれと知り、お梅から聞いて軽く頷《うなず》き、
「それでも、つかいようによっては相当に役に立つ」
という、いささかながら誇りの色さえも見えました。そのうち、金助は風呂から戻って来て、歯の浮くような軽口と追従《ついしょう》を並べましたけれど、二階へ呼び上げられたということは、話しもしなければ語りもしません。
 そこで金助は、お銀様に物語った一条を、お角にも漏れなく物語って、ともかくも相当に成功したことを煽《おだ》てられ、やがて大機嫌で、この家を辞して行きました。
 本来ならば、それをとりあえず、お角がお銀様に報告すべき筋合いなのを、どうしたものかお角はヒドクおちついて、待ち兼ねている人を持っている態度とは見えません。ようやく二階へ伺候《しこう》して話を切り出したには切り出したが、金助がお銀様にあらかじめ白状してしまった要領には触れ
前へ 次へ
全72ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング