ずに、巧妙ないい廻しをして味を持たせたつもりで下へおりて来ました。
これはお角としては、甚だしい手ぬかりで、すっかり裏を掻《か》かれていることを気がつかないで、すべてを手の内へまるめておく気取りでいるのが、笑止《しょうし》といわねばなりません。
この一件にしてからが、お角としては最初から、金助のようなおっちょこちょい[#「おっちょこちょい」に傍点]を使わずに、七兵衛なり或いはがんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵なりに頼むべきはずのところを、なにしろ、あの二人あたりは役に立つ代りに、役に立ち過ぎる憂いがある。おっちょこちょい[#「おっちょこちょい」に傍点]ながら、金助ならば使ってさのみ毒になるまいと、たかをくくったのがお角の誤りでした。おっちょこちょい[#「おっちょこちょい」に傍点]は到底おっちょこちょい[#「おっちょこちょい」に傍点]以上のことをしでかさず、味のあるところを、前以てべらべらと喋《しゃべ》ってしまったのですから、お角に残されたところは骨と皮ばかりです。それを骨とも皮とも知らずに、たんまりと貯えているつもりのお角の気取り方は、近来にない失策です。
しかし、その失策は、翌日の夕方まで現わるることなくておりました。その翌日になるとお角は、前の日のように、娘分のお梅をひきつれて、向両国の興行場へ出かけ、お銀様には一人で留守居をさせておきました。
こうして昨日と同じように、甘んじて一人で留守をうけごうたお銀様は、お角母子が出て行ってしまうと、急に手紙を書きはじめ、それが終ると、そわそわとして身の廻りをこしらえにかかったのを見ると、着ていた今までの女衣裳を脱ぎ捨てて、戸棚から取り出した行李《こうり》の蓋《ふた》をあけて、着替えをして見ると、それは黒紋附の男物ずくめであります。その上に袴まで穿いて、なお戸棚の奥から取り出した細身の大小一腰、最後に寝るから起きるまでかぶり通しのお高祖頭巾《こそずきん》を、やはり男のかぶる山岡頭巾というものにかぶり直して、眼ばかりを現わしました。
で、立ち姿を見ると、それと知ったものでなければ立派なさむらい[#「さむらい」に傍点]の微行姿《しのびすがた》です。今にはじまった着こなしとは誰にも思われない。お銀様はこの仮装には慣れているらしい。
男の姿になりすましたお銀様は、あとを取片づけ、脇差をたばさんで刀を提げ、ずっしずっし[#「ずっしずっし」に傍点]と下へおりて行きました。
まもなく、この家をいくらも離れないところで、辻駕籠《つじかご》を呼ぶ同じ人の姿を見かけます。
七
西洋大魔術が初日の蓋をあけた日の晩、本所相生町から芝の四国町へかけて、浪士が火をつけて歩いた晩――また親方のお角が大城屋にお大尽を訪ねた晩。
小石川の切支丹屋敷《きりしたんやしき》に近い御家人崩れの福村の家では、福兄《ふくにい》とお絹とが、さしむかっての痴話《ちわ》。
脇息《きょうそく》の上へ両臂《りようひじ》を置いて、腮《あご》をささえた福村は、
「なんにしても、あの女の腕は驚嘆に価する、無から有をひねり出す芸当は、魔術以上の魔術だ、天性、興行師に出来ている女だ」
と言って賞《ほ》めそやすのを、お絹がつんと横を向いて、
「恥と外聞を捨ててかかりゃ、何だってできないことはありませんよ」
福村がこの場で賞《ほ》めそやしたのは、無論女軽業の親方のお角のことであります。すべて女の前で女を賞めるのは禁物にきまっているうちに、このお絹という女の前で、お角を賞めそやすのは、油屋の前で火事を賞めるようなものであります。それを知りながら福村が賞讃をあえてするところを見ると、ともかく、よくよくあの女の手腕《うで》に感心したものがあればこそと思われる。
「ところが今度という今度は、恥も外聞も捨ててかからないんだからな。渡りはつけてみたが、トテも昨今のあの女の手には負えまいと、こう見くびっていたところが案外なもので、物の見事に背負《しょ》いきったのみならず、その手際のあとを見せないあざやかさには、全く恐れ入ったよ。たしかに手腕《うで》はある女だ」
「そりゃあ、蛇《じゃ》の道は蛇《へび》ですから、血の出るような工面《くめん》をしても、一時の融通はつきましょうさ。その日その日の上りを見込んでする山仕事と、末の見込みをつけてやる仕事とは違いますよ。線香花火みたような仕事を喜ぶのは子供みたようなものでしょう、女だてらに山かん[#「山かん」に傍点]は大嫌い」
「してみますと、お絹様、あなた様は、末の見込みのついた仕事をやっておいでになりますのですか」
「存じません」
「お怒り遊ばしますな、なにも、拙者があの女を賞めたからとて、あなた様をケナ[#「ケナ」に傍点]すわけでもなし、また、あなた様に、あの女のような真似をし
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