の待遇で、本来ここの住居《すまい》は、お角のためには隠れたる休養所で、懇意な人でも滅多には寄せつけないのに、このおっちょこちょい[#「おっちょこちょい」に傍点]に限って、少々もてなされ過ぎている。
浴衣《ゆかた》を着せられて、七ツ道具を持たせられ、有頂天《うちょうてん》で、金助は風呂へ出かけようとすると、
「梅ちゃん、梅ちゃん」
この時、二階で人の声。
「はい」
お梅が返事をして二階を見上げると、金助も変な面《かお》をして、出かけた二の足を踏む。
「ちょっと来て下さい」
二階でお梅を呼ぶのはお銀様の声です。
「金助さん、お嬢様が、ぜひお前さんに会いたいんですとさ、お湯へおいでなさる前に」
「え、お嬢様が、わっしに御用とおっしゃるんですか」
二階から下りて来たお梅は、風呂へ行こうとして下駄を突っかけている金助の袖をとらえました。
そこで金助は怖々《こわごわ》と引返して、二階を見上げ、
「よろしうございます、お嬢様だって、なにもあっしを取って食おうとおっしゃるわけでもござんすまい」
七ツ道具を下へ置いて、浴衣へ羽織を引っかけたままで、恐る恐る二階へのぼりはじめました。
「御免下さいまし、お嬢様」
「金助さん」
「はい、金助でございます」
「どうぞ、ここへお上りください、お前さんにぜひお聞き申したいことがあります」
「御免を蒙《こうむ》りまして」
「御遠慮なく」
金助は、全く怖る怖る二階の間へ通り、キチンと跪《かしこ》まって、恐れ入った形をしていると、いつもの通りお高祖頭巾《こそずきん》をすっぽりとかぶ[#「かぶ」に傍点]ったお銀様は、行燈《あんどん》の光に面《おもて》をそむけて、
「もう、少しこちらへお寄り下さい」
「ええ、ここで結構でございます」
勧める蒲団《ふとん》も敷かずに金助は恐れ入っている。
「金助さん、お前は、お角さんから頼まれたことがあるでしょう」
「ええ、あるにはありますがね……」
「あれは、わたしからお角さんに頼んだことなんですから、それを隠さずに、わたしに話して下さい」
「左様でございますか。いや、薄々《うすうす》その儀は承って出かけましたんですが、一応はここの親方の方へ申し上げまして、親方の口から改めてあなた様のお耳へ入れるのが順かと、こう思いましたものですから」
「いいえ、それには及びませぬ、かまいませんから隠さずに話して下さい。お前さんが帰ったら、これを差上げようと思っていました、ほんの少しばかりですけれど」
といってお銀様は手文庫の中から、事実金助の前には少しばかりではない金包を取り出して、奉書の紙に載せて無雑作《むぞうさ》に金助の前に置いたものです。それを見ると、金助が、いたく狼狽《ろうばい》をして、眼の色が忙しく動き出し、
「そんなことをしていただいちゃ申しわけがございません、旅費のところもお角さんの手から、たっぷりといただいてあるんでございますから、その上こんなことをしていただいちゃ恐れ入ります。しかし、お嬢様、金助も頼まれますと、無暗に肌を脱ぎたがる男でございましてね、自慢じゃございませんが、事と次第によっては、目から鼻へ抜ける性質《たち》なんでございますよ。今度のことなんぞも、お角さんから頼まれますと、早速、当りをつけたのが、まあ、聞いていただきやしょう、とても、そりゃその道で多年苦労をした目明《めあか》しの親分|跣足《はだし》ですね、全く予想外のところへ目をつけて、そこから手繰《たぐ》りを入れたところなんぞは、我ながら大出来、ここの親方にも充分買っていただくつもりで、寄り道もせずにこうして駈け込んで来たような次第なんでございます……エエ、その頼まれました御本人の行方《ゆくえ》、それをそのまま探していたんでは、なかなか埒《らち》の明かない事情がありますから、まずこういう具合に……エエと、この街道を琵琶を弾《ひ》いて流して歩いたお喋《しゃべ》りの盲法師《めくらほうし》を見かけたお方はございませんか、こういって尋ねて歩いたのが、つまり成功の元なんですね。将を射るには馬を射るという筆法が当ったんで。つまりそれでとうとう甲州街道の上野原というところで、めざす相手を射留めたという次第でございます……」
金助は、膝を金包に近いところまで乗り出して、得意になってべらべらとやり出しました。
金助のべらべらやり出した潮時《しおどき》を、お銀様も利用することを忘れませんでした。
「そうして、甲州の上野原のどこで、その盲法師を見つけました」
「それがその……」
金助は、いよいよ得意になって、顔を一つ撫で廻し、
「府中の六所明神様でひっかかりを得ましたものですから、それからそれと糸をたぐって、とうとう甲州の上野原で突留めました。上野原は報福寺、一名を月見寺と申しましてな、お宗旨《しゅうし》は曹
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