。またしても、こんなこと。お角は、いっそ匕首《あいくち》でも懐中して怒鳴り込み、刺し殺してやりたいほどに、お絹を憎み出しました。
 お絹にとってはいい迷惑で、お角が大事に保護(?)しているお銀様を逃がしたのが、お絹の仕業でないことは確かで、それは間違いなく金助というおっちょこちょい[#「おっちょこちょい」に傍点]の、よけいなお喋りがもとであるけれども、お角が一時にそう恨みをかけるのも、日ごろが日ごろだからぜひがないと申さねばなりません。また事実においても、もしお角がああしてお銀様を保護し、それを上手に利用することを知っていたなら、あの女は、きっと何か茶々を入れるくらいのことをやったのにちがいないのであります。
 こうして、お銀様を逃がしたのは、いちずにお絹の計略だと思い込んで、怒鳴り込んで刺し殺してやりたいほどに腹の立ったお角も、そこはさる者だから、怒りに乗じてあとさきの見えないことをやり出しはしません。
「梅ちゃん、今晩から、わたし一人で二階へ寝るから、下はお前に頼みますよ、淋しければお勢ちゃんでも誰でもお呼び」
といって二階の梯子《はしご》に足をかけると、お梅にはわからないから、
「お嬢様はいらっしゃらないのですか」
「ああ、お嬢様は今日からよそへおいでになったんだから、あとは、わたしが引受けるのさ」
といって、さっさと二階へ上ってしまいました。
 二階へ上って見ると、綺麗《きれい》に取片付けてあるのがよけいに腹が立つ。机の上の置手紙のしてあるのも、見るのが癪《しゃく》だ。
「わがままのやんちゃ[#「やんちゃ」に傍点]者」
 戸棚をあけて見てもかわったことはない。お好み通りにととのえて上げた歌の本、読本《よみほん》、絵草紙の類まで耳をそろえてキチンとしている。
 藤の花を一面にえがいた大屏風《おおびょうぶ》を引きのけて見ると、手ぎわよくたたまれた縮緬《ちりめん》の夜具《やぐ》蒲団《ふとん》。
「お嬢様という人も、お嬢様という人じゃないか、子供じゃあるまいし、出るなら出るとことわってくださりゃ、いけないとはいいませんよ。ごらん、わたしたちはああして、下の方に、夜かぶりだってなんだって奉公人同様にして、お嬢様にはこの通り、何一つ不足という思いをさせて上げた覚えはないのに、いくらお嬢様だって、あんまり義理というものを知らな過ぎまさあ」
 これほどにして置いて逃げられたかと思うと、お角の胸が、またむしゃくしゃ[#「むしゃくしゃ」に傍点]する。いきなり、その美しい模様の縮緬の夜具蒲団をズルズルと引張り出して、その上にゴロリと寝そべり、
「梅ちゃん、梅ちゃん、済まないが煙草盆を持って来ておくれ」
 腹這《はらば》いになって、お梅の持って来てくれた煙草を二三ぷくのみました。
 暫くすると表格子で、
「今晩は」
「どなた」
 おさらい[#「おさらい」に傍点]をしていたお梅が返事をしますと、
「入ってもようござんすか」
「金助さんですか」
「ええ、その金助でございますよ」
「お入りなさいな」
 格子戸をガラリとあけて入って来たのは、金助に違いありません。
「梅ちゃん、親方は……」
「おかあさんはね……ちょっ[#「ちょっ」に傍点]とよそへ参りましたよ」
「え、留守ですか。留守で幸い、梅ちゃんの前だが、親方は怒ってやしませんか」
「いいえ、別に」
「金助の野郎、出入りを差止めるなんていいやしませんでしたか」
「そんなことはいいやしませんよ」
「それで安心……」
 金助は大仰に胸を撫で下ろす真似をしながら、ソロソロと上り込みました。
 この野郎も、おっちょこちょい[#「おっちょこちょい」に傍点]のくせに、いいかげん図々しいが、それでも気がとがめるものがあると見えて、あらかじめ雲行きをうかがってから上り込むと、
「まあ、こっちへいらっしゃい」
 お梅は火鉢の前へ座蒲団をすすめます。
「へ、へ、これは恐れ入りやす。梅ちゃん、お一人でお留守はさびしいでしょう」
「ええ」
「お稽古は何ですか」
「でたらめよ」
「驚きましたね、でたらめのお稽古とは」
「金助さんの前でやると、ボロが出るからよしましょう」
「ト、トンでもないことで……どうか一つ綺麗なところを、お聞かせなすって下さいまし」
「ははあだ、綺麗なところなんてあるものですか」
「御冗談でしょう、梅ちゃんも隅へ置けない、幾つになりました」
「知らない」
「梅ちゃん、あの福兄さんが、この間も、そ言ってましたよ、梅ちゃんが実が入《い》って、食べごろになったけれども、これ[#「これ」に傍点]が怖いからうっかり傍へ寄れないって」
 金助が親指を出して見せると、
「ばかにおしでないよ」
 お梅が腹を立って突き飛ばす。
「こりゃア、ちと荒っぽい、まともに鉄砲を向けられちゃたまりません、いくら金助がお粗末だからとい
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