血眼《ちまなこ》で馳け廻っている有様を見ると、おれは不憫《ふびん》で涙がこぼれる、仕舞《しまい》の果てにはなけなしの、もう一本の片腕をぶち落されるくらいが落ちだろう……色狂《いろきちが》い!」
「その御意見は有難えが、時のいきはり[#「いきはり」に傍点]で、つい引くに引かれねえ場合なんだから、どうか友達甲斐に、このがんりき[#「がんりき」に傍点]の男を立ててやっておくんなさいまし」
「馬鹿野郎!」
「まあ、そうおっしゃらずに……ときに兄貴、いったいこれからがんりき[#「がんりき」に傍点]はどっちへ振向いたら目が出るんでございましょう、そこのところをひとつ」
「おれは易者ではないから、そんなことは知らねえ」
「それが兄貴の悪い癖なんだ、目下《めした》の者をあわれむという心が無《ね》えんだから」
「よし、それじゃ、お情けに一つ言って聞かそう。およそ、甲州の裏表、日光の道中筋で、この間中から、俺は三つの怪しい乗物を見たんだ、その一つは高尾の山の蛇滝《じゃだき》の参籠堂から出て、飯綱権現《いいづなごんげん》の広前《ひろまえ》から、大見晴らしを五十丁峠へかかった一つの山駕籠と、それからもう一つは
前へ
次へ
全338ページ中100ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング