、府中の六所明神の前を五六人のさむらい[#「さむらい」に傍点]に囲まれて、一散に東へ向って急いだ黒い乗物と、もう一つは……ほぼそれと同じ時刻に、八王子の大横町から日光街道を北へ走った、やはり黒い一挺の乗物だ、この三つがどうも合点《がてん》のゆかねえ乗物だと思っているが、がんりき[#「がんりき」に傍点]、お前の捜している見当はどれかそのうちの一つだろう」
「違《ちげ》えねえ」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]は額を丁《ちょう》と打って、
「この間の晩、小名路《こなじ》の宿を通ると、雲助連中が、小仏へ天狗が出た、天狗が出たというから、よく聞いてみると、なんのことだ、天狗というのは、おおかた兄貴のことだろうと俺だけに察しがつくと、おかしくってたまらなかった。ところで、兄貴、その三つのうちのドレが本物だか、そこんところをひとつ後生だから!」
「三つとも見ようによれば、みんな本物だろうじゃねえか」
「世話が焼けるなあ、がんりき[#「がんりき」に傍点]はなにも親の敵《かたき》をたずねてるんじゃありませんぜ」
「俺の知ったことじゃねえ、爪先の向いた方へ勝手に行ってみろ」
 七兵衛が取合わないで、再
前へ 次へ
全338ページ中101ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング