び鍬の柄を取って地均《じなら》しにかかると、がんりき[#「がんりき」に傍点]はそれを黙って暫く見ていたが、
「なるほど、こりゃ聞く方が野暮《やぼ》だった、おっしゃる通り、爪先の向いた方へ行ってみることにしよう、兄貴、さよなら」
といって、さっさ[#「さっさ」に傍点]と松の木の間へ姿を隠してしまったから、七兵衛はその後ろ影を見送って、
「野郎、気味の悪いほど素直に行っちまやがった」
本来なら、掘り出した一品に何か因縁《いんねん》をつけて行くべき男が、一言《ひとこと》もそれに及ばずして行ってしまったから、かえって七兵衛が手持無沙汰の体《てい》です。
十五
宇津木兵馬は、七兵衛の約束を半信半疑のうちに、浅草の観音に参詣して見ると、堂内の巽《たつみ》に当る柱で噪《さわ》いでいる一かたまりの人の声。
「ははあ、あれが安達《あだち》ヶ原《はら》の鬼婆《おにばばあ》だ、よく見ておけよ、孫八」
一勇斎国芳の描いた額面を見上げている。今に始まったことではない。「安政二年|乙卯《きのとう》仲春、為岡本楼主人之嘱《おかもとろうしゅじんのしょくのため》、一勇斎国芳写」と銘を打った一
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