兄貴、何をしているのだ」
 悪い奴が来たもので、これはがんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵が風のようにやって来て、いつか後ろに立っているのでした。
「百、何しに来たんだ」
 悪いところへ悪い奴と思って、七兵衛が苦りきっていうと、百蔵は洒唖《しゃあ》として、
「日光街道の大松原で、ふと兄貴の後ろ姿を見かけたものだから、こうしてあとをつけてやって参りましたよ」
「油断も隙もならねえ」
 七兵衛が鍬をついてがんりき[#「がんりき」に傍点]をながめていると、がんりき[#「がんりき」に傍点]は、その鍬と七兵衛の掘り出した油紙包の箱と両方へ眼をくれながら、
「ひとつ折入って兄貴にお聞き申したいことがあって、それ故、おあとを慕って参りました」
「それはいったい、どういうことを聞きたいのだ」
「ほかでもありませんが、この道中筋を横と縦へ向って、今がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵がしきりに捜し物をして飛び廻っているという次第ですが、その捜し物というのは、兄貴の前だが……」
「わかってる、わかってる」
 七兵衛は頭を振って、
「手前《てめえ》が、そうしてのぼせ[#「のぼせ」に傍点]切って東西南北を
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