。昨夜、六所明神の社前で、宇津木兵馬に誓っておいただけの金子《きんす》を、この貯えのうちから引き出しに来たものと思えば間違いはありますまい。
 兵馬は、今日まで、ずいぶんこの男の世話にはなっていたけれども、ただ、こういった義侠的の人に出来ているのだろうと思うよりほかは、考えようがなかったもので、果してこうと覚《さと》ったなら、その恩恵を受けられよう道理がなかったのですが、このことは兵馬が知らないのみならず、誰も知っていないので、ただがんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵というならず[#「ならず」に傍点]者だけが心得てはいるが、これとても最初からの同類でもなんでもなかったのです。
 果して七兵衛は、熱心に芝生の上を掘りはじめました。下は軟らかい真土《まつち》で、掘るに大した労力がいるわけでもなく、たちまちの間に一尺五寸ほど掘り下げると、鍬《くわ》を抛《ほう》り出して両手を差し込み、土の中から取り出したのは、油紙包を縄でからげた箱のような一品で、土をふるって大切《だいじ》そうに芝生の上へ移し、再び鍬を取って、以前のように地均《じなら》しをはじめていると、またも晴れた嵐が松の枝を渡る時、

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