、松の木立の隙間《すきま》から、晴れた空をながめやり、暫くその空の色に見恍《みと》れていたようでしたが、やがて、思い出したように煙管《きせる》をハタハタとはたくと、再び立ち上って、例の小鍬を無雑作に拾い上げ、いま自分が坐っていたところから二尺ほど離れた大地の上へ、軽くその鍬先を当てたものです。
 七兵衛はここへ、何物かを掘り出しに来たものに相違ない――この男は改めて説明するまでもなく、極めて足の迅《はや》い奇怪な盗賊であります。一夜に五十里を飛ぶにはなんの苦もない足を持っていて、郷里の青梅宿《おうめじゅく》を中心に、その数十里四方を縄張りとし、その夜のうちに数十里を走《は》せ戻って、なにくわぬ面《かお》をして百姓をしているから、捕われる最後まで、誰もそれを知るものがなかった男であります。
 甲所で盗んだ金は乙所へ隠して置き、乙所で掠《かす》めたものは丙所へ埋めて置いて、自分は常に手ごしらえの絵図面を携帯し、それへいちいち朱点を打っておいて、時機に応じ、必要に従って、その金を取り出す習いになっているのだから、ここへこうして鍬を持って来てみれば、もうその目的は問わずして明らかなのであります
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