》の邸を叩きます。
猿渡氏の家は、兵馬にとっては旧知の関係があって、兵馬の不意の来訪を喜び、それからそれと話が尽きませんでした。
そのうちに、このごろは世の中が物騒で、この界隈《かいわい》も穏かでないから、今この社務所でも、若い者だの、剣術の出来る人だのを十余人も頼んであって、警護を怠らないということもありました。六所明神は所領の高も少なくはない。猿渡氏もなかなか裕福を以て聞えた家ですから、その用心ももっともと思います。
風呂に入り、夕飯も済み、いざ寝ようという場合に、兵馬はちょっと宿《しゅく》へ用足しに行って来るといって、邸を出て夜番の詰所になる社務所へ、下男に案内をしてもらいました。
なるほど、そこには火鉢を囲んで、七八人の人が集まって雑談に耽《ふけ》っています。下男の紹介で兵馬は一座に仲間入りをする。一座の中の浪人者のようなのが得意になって、
「いや、その前の晩じゃ、拙者が、陣街道を三千人まで来た時分に、河原のまん中に当って異様の物の音がする、はて不思議と耳をすましていると、それが琵琶の音《ね》じゃ」
この浪人者は、むしろ新来の兵馬に聞かせるつもりで、兵馬の横顔を見なが
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