ら語り出でました。
「へえ、河原で琵琶が聞えましたかね」
とそれにあいづちを打ったのは兵馬ではなく、力自慢で頼まれた若い者。
「たしかに琵琶が聞えたよ、聞ゆべからざるところで琵琶の音がしているから、拙者も不審に思って、立ちどまって耳を傾けている間に、例の人馬の音で、この町が物騒がしくなったから急いで駈けつけたのだが、なんにしても、あの陣街道は鬼哭啾々《きこくしゅうしゅう》というところである」
「鬼哭啾々というのは何です」
 誰かが抜からず反問したのを、浪人は無雑作に、
「それはお化けの出そうなものすごいところという意味だ。何しろ、分倍河原《ぶばいがわら》はむかし軍配河原といって、何十何万の兵士が火花を散らして合戦をしたそのあとだ、陣街道の首塚と胴塚、それに三千人というのは、元弘より永享にかけて討死した三千人を葬ったところだから、今でもその魂魄《こんぱく》が残って遊びに出る。あの琵琶の音も、たしかに魂魄の致すところに相違ない、こちらに不意の騒動が起ったため、よくその根原を見届けなかったのが残念じゃ」
 兵馬は、それを聞いてしまってから、この座を立って寝に行くかと思うとそうではなく、まもな
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