る鍛練の未熟が恥かしいのじゃ」
兵馬は心から残念がって、その時のことを眼に見るように思います。
尺八を持って月下にさまようていた人。それを普通の虚無僧《こむそう》だと思って、その右を通り抜けようとした時に、その虚無僧が尺八を振り上げて、風を切って打ちこんで来たのを、かわすにはかわしたが、充分にかわしきれないで、この指先を砕かれた。その不鍛練が今になっても恥かしい。相手の虚無僧の只者でないことが思われてならぬ。それ故に、この傷が一層痛んで寝られない。それともう一つ……兵馬は改めて女に向い、いとまじめに、
「今日は暇乞いのつもりで来ました。それについて、そなたへ打明けてのお願いがある、とりあえずここへ僅かながら金子《きんす》を持参致した、拙者《わし》の帰るまで、五日か長くて十日の間、これをそなたに預っておいてもらいたい、それと共に、その間はそなたの身に変りのないように、そなたはこの万字楼を動かないように起請《きしょう》をしてもらいたいのだ」
といって兵馬は、蒲団《ふとん》の下に置いた一包の金子を取り出して、東雲の前に置きました。
「まあ、足もとから鳥の立つように。旅にお出かけなさるので
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