どっちへ行けばうまく逃げ果せるか。ここをこっちへ行けば逃げ損うということは、ちゃんとおれが心得ている、その心得で考えてみても、どうもこの悪者はまだ府中の宿を離れてはいねえと、こう睨《にら》んだのだ、つまり酒井様のお手のついた別嬪《べっぴん》をつれ出した奴が、ほんとうにこの府中の町へ逃げ込んだものとすれば、そうして昨晩《ゆうべ》つかまらなかったのが本当だとすれば、これはまだてっきり[#「てっきり」に傍点]この府中の町のどこかに隠れている。隠れていて、ほとぼり[#「ほとぼり」に傍点]の冷めた時分に、連れ出そうという寸法にきまっている。そんならば、広くもねえこの府中の町の中のどこに、そのだいそれたいたずら[#「いたずら」に傍点]者が隠れているのか、そこが問題だテ。そこの見当が、玄人《くろうと》でなくっちゃあちょっと附きにくかろう。ところでがんりき[#「がんりき」に傍点]の鑑定をいってみるとこうだ……これはつまり、あの六所明神の社の中に何か仕掛があって、神主のなかにグルな奴があるんじゃねえかな、六所明神は武蔵の国の総社で、なかなかけんしきがある、守護不入てえことになっていると聞いたが、そこだ!
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