」に傍点]は尋ねられて、はじめて当惑しました。実は、脱出ぶりの迅《はや》いのを鼻にかけて、ここへ避難して来てはみたものの、何者に追われて来たかと聞かれると手持無沙汰です。家探しの声は聞いたが、何の理由で、何者の手で家探しが行われるのだか、それを聞き洩らしたのは重大な手落ちだ。我ながら気が利いて間が抜けていると、がんりき[#「がんりき」に傍点]はいささか悄気《しょげ》ていると親爺は、もう提灯をさげて、
「それじゃ親分済みませんが、今夜はひとつここに泊っていておくんなさいまし、わしはこれから宿《しゅく》まで様子を見に行って来ますから」
 おやじはがんりき[#「がんりき」に傍点]に留守の小屋を託して、渡し守の小屋を出て行ってしまいました。
 日野の渡しの渡し守の小屋は、江戸名所|図会《ずえ》にある通りの天地根元造りです。この天地根元造りへひとり納まったがんりき[#「がんりき」に傍点]は、結句これをいい都合に心得て、焚火の前にはだかり[#「はだかり」に傍点]ながら思わず見上げると、鼻のさきに弁慶が吊り下げてあります。
 その弁慶には焼いて串にさした鮎《あゆ》、鮠《はや》、鰻《うなぎ》の類が累々
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