いるがんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵は、ここの渡し守のおやじとも疾《と》うからなじみ[#「なじみ」に傍点]で、言葉をかければ、響くほどの仲になっているのです。
渡し守の小屋の中へ身を納めて、土間に燃えた焚火の前へ腰をかけ、おもむろに腰の煙草入を抜き取った時分に、程遠からぬ街道の騒動が、渡し守のおやじ[#「おやじ」に傍点]の耳に入って来たものです。
「何だい、ありゃ、えらく騒がしいじゃねえかな」
寝ていたおやじが起き直ると、がんりき[#「がんりき」に傍点]は、さあらぬ面《かお》をして、
「お爺《とっ》さん、気をつけな、府中の宿は今、上を下への大騒ぎだぜ」
「え、府中の宿が上を下への大騒ぎだってな? なるほど、馬で人が駆けるわな、夜中に馬で飛ばす騒ぎは只事ではござるめえ」
おやじは、むっくりと起きて心配そうです。倅《せがれ》の家は府中の町はずれにあって、幾人《いくたり》かの孫もあるはず。
「只事じゃねえ、府中の町をひっくるめて、一軒別に家さがしが始まってるんだぜ」
「へえ、一軒別に家さがし……なんです、泥棒ですか、駆落《かけおち》ですか」
「さあ……」
がんりき[#「がんりき
前へ
次へ
全338ページ中52ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング