れが土の下から響いて来るのを、あたしの空耳《そらみみ》で東の方に聞えるのかも知れない」
弁信はこう言いました。自分の耳を疑ったことのない弁信が、かえって荒誕《こうたん》な怨霊説に耳を傾けるのが迷いでしょう。
「そうだろう、でも、お前に聞えるものなら、あたいにも聞えそうなものだねえ」
「お待ちよ……何か、わたしは気になってならない」
弁信は見えぬ眼に四辺《あたり》を見廻そうとしたが、四辺を見廻したところで、前に言う通り、ややもすれば弁信の身の丈よりも高い月見草が、頭を出している分倍河原に過ぎません。
「弁信さん、あたいが悪かった、たしかに聞えるよ、たしかに、あたいの耳にも馬の足音が聞えて来たよ」
その時坐っていた茂太郎が、席を立ち上りました。
子供とはいえ……、立ってみれば月見草よりも背が高い。立って、そうして茂太郎が前後と左右と、遠近と高低とを見廻したけれど、月の夜の河原に見咎《みとが》め得べきなにものもありません。
「ええと……一つ……二つ……三つ……四つ……」
弁信は坐ったままで、小声で物の数を読みはじめました。
「何を言っているの、弁信さん」
「五つ……六つ……七つ……
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