ざりまする、旧き都を来て見れば、浅茅《あさじ》ヶ原《はら》とぞ荒れにける、月の光は隈《くま》なくて、秋風のみぞ身には沁《し》む、というところの、今様《いまよう》をうたってみたいと思いますから、どうぞ、それまでの間お待ち下さいませ、それを済ましさえ致せば、早々立退きまするでござりまする」
 一息にこれだけの弁解をしてしまったから、さすがの社人《しゃじん》も相当に呆《あき》れたと見えます。ただ呆れただけならいいが、どうもそのこましゃく[#「こましゃく」に傍点]れた弁解ぶりが、癪にもさわったようで、
「いけねえ、いけねえ、貴様たちは火放泥棒《ひつけどろぼう》でも仕兼ねまじき乞食坊主だろう、昔の高貴の方と一緒の気になって、神様へ琵琶を奉納という柄じゃねえ、そんなことを言い言い、社の御縁の下に野宿でもしようというたくらみ[#「たくらみ」に傍点]だろう。つい、この間も、危ないところ、乞食めが潜《もぐ》り込んで、煙草の吸殻を落したために、火事をしでかすところだった。乞食琵琶なんぞはサッサとやめて、早く出ろ、早く出ろ、出ねえとこれだぞ」
 またしても長い竿で、弁信の頭をつつきました。
「弁信さん、出よ
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