駕籠もその中に没入して、五十丁峠は晦冥《かいめい》の色に塗りつぶされてしまいました。
 駕籠屋が迷いはじめたのはそれからです。本来この連中が、この慣れきった道に迷うはずがないのを、迷い出しました。
「旦那、方角がわからなくなっちまったんですが、どっちへいったもんでしょう!」
 正直な二人が、ようやくのことで弱音《よわね》を吐き出した時分は、もう真夜中で、彼等としては、こうも行ったら、ああも戻ったらという、思案と詮術《せんすべ》も尽き果てたから、鈍重な愚痴を、思わず駕籠の中なる人に向ってこぼしてみたのです。
「こんなはずではなかったんですが、どっちへ行っても道へ出ないでございます、いっそ千木良か底沢へ下りてしまおうかと思いますが、その道がどうしてもわからないでございますよ」
「それを拙者に言ったって仕方があるまい」
「それはそうでございますけれども、景信から陣馬を通って上野原へ山道をする、その慣れきった山道が、今夜に限ってわからなくなってしまったのは、只事じゃございません」
 彼等はもう、おろおろ[#「おろおろ」に傍点]声です。
 竜之助は、もう取合わない。
「もうし」
 この時、立てこ
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