、ただの人ではないのでございます」
「ただ人《びと》でない?」
「ええ、さきほどもお話し致しました通り、この高尾のお山には、昔から天狗様が棲《す》んでおいでなさるのです、そうして今の旅人がたしかに、その天狗様に違いありません」
「ばかなことをいうな、拙者もここでその旅人のいうことをよく聞いていたが、人間の声だ」
「左様でございます、言葉だけをお聞きになったんでは、ちっとも人間と変りはございません、また姿を見たって人間とちっとも変りはございませんが、旦那様、歩くところをごらんになれば、直ぐわかります」
「何か変った歩きつきをして見せたか」
「変ったどころではございません、今ここで煙草の火をつけて、霧が捲くから用心しろとおっしゃったかと思うと、もう二十八丁目の天辺《てっぺん》へ飛んで行ってしまいました」
「羽が生えて飛んで行ったのか、足で歩いて行ったのか」
「それは、よく見届けませんでしたが、二人がこうして傍見《わきみ》をしているかいない間に、もうあすこまで一飛びに飛んで行ったんですから、おおかた羽が生えたんでしょう」
「心配することはない、ずいぶん世間には足の迅《はや》い奴があるものだ、
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