家《やまが》にしては大きなお寺がございます、あのお寺には、わたくしの妹がおりますから、あれへおいでになって、暫く御養生をなさいませ」
扉の外に立った女は欄干につかまって、扉の中へこれだけのことを小声で申し入れました。中へは入ろうとしないで、外でこれだけの用向をいって、中なる人の返事を待っている間に、提灯《ちょうちん》の中を上からながめているその面《おもて》が、やや盛りを過ぎてはいるけれども、情味のゆたかな女で、着物もこのあたりの人とはいえないまでに、柄のうつりのよいのを着ているのが、提灯の光ですっきりと見えるのであります。これぞ、巣鴨庚申塚のほとりで、不義の制裁を受けて殺されようとした女に紛れもないのです。たしか、この女の郷里は、ここから程遠からぬ小名路《こなじ》の宿《しゅく》の、旅籠屋《はたごや》の花屋の娘分として育てられた女であります。覗《のぞ》いている提灯にも、花という字が大きく書いてあるのでわかります。
あれから後、夢のような縁に引かされて、この蛇滝に籠《こも》ることになってほぼ百箇日、その間の保護は、この女から受けていたと見るよりほかはありません。
今、この女は江戸へ行
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