くとのことです。江戸へ行かねばならぬその理由は、よそへ預けておいた行方不明《ゆくえふめい》の子供の行方がわかったから、それを取り戻しに行くのだと言っています。あの近所へ近寄れない怖れと弱味とを持っておりながら、やはり子供の愛には引かされて行くものらしい。
「子供というのは、それほど可愛いものかなあ」
 扉の中で竜之助の声。
「可愛ゆうござんすとも、子供ほど可愛ゆいものは……」
 提灯の中を見入っていた女が面を上げた時に、その身体《からだ》が欄干からするすると巻き上げられて、蛇にのまれたように、扉の中へすいこまれてしまいました。

         二

 参籠堂の中で、焚火が明るくなった時分に、机竜之助は、いつのまにか着物をきがえて旅の装いをすまし、頭巾《ずきん》をかぶって、その火にあたっておりました。
 それと向い合って、女は後《おく》れ毛《げ》をかき上げて、恥かしそうに横を向いていましたが、
「長房《ながふさ》というのへ出て小仏へかかるのが順でございますけれども、駕籠屋さんが慣れていますから、高尾の裏山を突切ると言いました、五十丁峠の道をわけて、山道づたいに上野原へ出た方が、道は難
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