思ったか、ヒラリと縁を飛び下りて、下に揃えてあった草履《ぞうり》を穿《は》き、すたすた[#「すたすた」に傍点]と庭へ下りて行って、庭の一隅《いちぐう》に四寸角、高さ一丈ほどの卒塔婆《そとば》が立って、その下に小石が堆《うずたか》く積んであるところへ来ると、腰を屈《かが》めて合掌し、
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
と唱えて、その小石を一つずつ取っては移し、取っては移ししていました。その時|褥《しとね》をガバと蹴って跳ね起きた竜之助は、白鞘の刀を抜いて縁先に立ちましたが、その見えない目は、まさしく盲法師の弁信に向っている。
「あ、先生! あなたは私をお斬りになろうというのですか」
 目の見えない弁信の振向いた面《おもて》は、やはりピタリと竜之助の面に合っています。
 何ともいわない竜之助の白衣の全身から、まさしく殺気が迸《ほとばし》っているのを感得した弁信の恐怖を、誰あって来り救おうとするものもありません。
 ヒラリと卒塔婆の蔭に身を移した弁信は、恐怖は感じながらも、叫びを立てて人を呼ぼうでもなく、
「先生、あなたが私を斬ろうとなさるのはいけません、今までにないことでございます、今まで私
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