ん」
と弁信がいいました。
「ナニ?」
「嘘と思召《おぼしめ》すなら、前生《ぜんしょう》および後生《ごしょう》をたずねてごらんなさいまし。天上へ昇りましょうとも、地下へ降《くだ》りましょうとも、あの方の真白い胸に、血のついた刃《やいば》を突き刺している姿を、あなたのほかに見出すものがありましたら不思議でございます」
「弁信さん、何をおっしゃるのです、ここにおいでなさる先生が、どうしてそんなこと。あなたは血まよっておいでなさいます」
と娘がささえると、弁信は澄ましきって、
「私は血まよっておりません、私のいうことが本当でございます」
「弁信さん、そういう無茶なことをおっしゃっては先生に申しわけがありません、あなたは何か勘違いをしておいでになります」
 娘は泣きながら弁信をたしなめるのも無理はありません。ここと巣鴨の庚申塚とは、数十里を離れているのに、当人は半ばは病気で、その上に目の光を奪われている身であるのに――
 それでも竜之助は、弁信のいったことを、娘が気にかけているほど気にかけないと見えて、
「かわいそうなことをした」
といったきりで、口を結んでしまいました。
「御免下さいまし、ま
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