多分、追剥《おいはぎ》にでもつかまったのでございましょう……そうでなければ、人に恨みを受けるような姉ではございません」
「嗚呼《ああ》!」
 弁信法師が傍らから、思わず感歎の声を立てたのは、その出来事の悲惨に悲しむよりは、姉を信ずる妹の心に動かされたようです。
「姉は、人に恨みを受けるような人ではありませんでしたのに……」
 娘は重ねて、さめざめと泣きながらいいました。
「いいえ、あなたの姉さんは、人に恨みを受けているのですよ」
 弁信法師がいいますと、泣いていた娘は、躍起《やっき》となって、
「それは違います、わたくしは、あの姉さんとは義理ですけれども、あんな親切な姉さんはありませんでした、皆の人に好かれました、恨みを受けて殺されるような人ではありません」
「親切な人だから恨みを受けたのです、人に好かれるから恨みが集まるのですよ、好かれない人は恨まれません」
「違います、違います」
 娘は袖に面《かお》を押当てて頭を振りましたが、やがて声を立てて泣きふしてしまうと、竜之助は、
「誰が殺したかわからないのですか」
「先生、殺したのはあなたです、あなたのほかにあの方を殺したものはありませ
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