た盲法師《めくらほうし》の弁信は、物を言いはじめました。
「今晩はまた大へん月がよろしいそうでございますね。月が澄みわたりましても、私共には闇夜と同じことでございます。明月や座頭《ざとう》の妻の泣く夜かな、と古《いにし》えの人が咏《よ》みましたそうでございますが、人様の世にこそ月、雪、花の差別はあれ、私共にとりましては、この世が一味平等の無明《むみょう》の世界なのでございます。無明がそもそも十二因縁の起りだとか承ったことがございます。いつの世に長き眠りの夢さめて、驚くことのあらんとすらん、と西行法師が歌に咏みましたということをも、承っておりますのでございます。悲しいことに皆様はいつかこの無明長夜《むみょうちょうや》の夢からお醒《さ》めになる時がありましても、私共にはこの生涯においては、そのことがあるまいと思われますのでございます。夢に始まって夢に終るの生涯が、この上もなく悲しうございますので、西行法師が、驚くことのあらんとすらんとお咏《よ》みになった心を承《う》けて、数ならぬ私共もまた、何物にか驚かされたいと常に念じている次第でございます。けれども、浅ましいことに、何物も一つとして、こ
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